東京徒歩旅行(2) 〜沖縄居酒屋編〜 その10 足立区・竹ノ塚(保木間)「竹仙」


私と「竹仙」のお母さん,一緒に爪弾く三線は「安里屋ユンタ」です。



11/20/2002 竹ノ塚(保木間)「竹仙」

[牛込神楽坂 → 春日 → 根津 → 日暮里 → 町屋 → 尾竹橋 → 西新井 → 竹ノ塚 (曇)]

# 10-1
「東京徒歩旅行(2)」は平成14年限定企画,全十回ということで,今回が最終回です。向かったのは,「関東うるまガイド」には載っていない足立区竹ノ塚(保木間1丁目)の大衆割烹「竹仙」(ちくせん)です。
当初,西新井大師前「川友」と竹ノ塚(保木間3丁目)「万座」が候補だったのですが,10月中旬に「万座」に下見に行ったとき,偶然お店の常連さんに「近くにもう一軒沖縄料理のお店があるよ」とお話を伺い,ハシゴで訪ねた「竹仙」の飾り気のない雰囲気が気に入り,ここを目指すことになりました。「うるまガイド」的な情報は,二度目の下見の時に,私が直接大将に尋ねることになりました。

# 10-2
平成14年の秋は,11月初頭から曇り空で冷え込む日が続きました。11月20日の水曜日も天気予報では午後から晴だったのに見事裏切られて,日差しのない寒い曇り空への出発となりました。気分は晩秋というよりも初冬です。
昼食は,オフィスのそばの「すき家」で並牛丼。神楽坂−竹ノ塚間の見積り距離は約16km。途中で日が暮れることは必至なので,食事も省時間です。ふとこのシリーズで神楽坂らしい風景,毘沙門天 善国寺や料亭のある石畳道に足を運んでいなかったことに気が付いて,少し寄り道をしました。黒塀と白壁に挟まれた石畳の小道は,私の昼休みの散歩道です。思えば風流な街で仕事をしています。

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# 10-3
大久保通りに戻って飯田橋五差路の陸橋を渡ると文京区。小石川後楽園沿いの道を進むと黄色く色付いたイチョウ並木。営団後楽園駅構内の「メトロエム」には真新しい「Hearty Merry X'mas」というノボリ。寒いながらも晩秋の匂いが感じられます。
都営春日駅で白山通りを越えて本郷4丁目は,古い街並みが残る坂の多い街。クルマの入れない狭い道に入って,階段を降りると,偶然に樋口一葉の菊坂旧居跡にたどり着きました。堀割井戸は一葉も使っていたとのことで,100年以上の歴史があるらしいです。
本郷5丁目に入って梨木坂を登ると,「鳳明館」という古い旅館がありました。ここの本館は登録有形文化財に指定されているそうです。

# 10-4
大きな車道(本郷通り)に出ると,ちょうど東大の正門前。ここのイチョウ並木も見事に黄色です。古本屋が目立つ本郷通りを本郷弥生交差点まで進んで時計を見ると午後1時50分。風情のある街を歩くのは楽しいのですが,時間がかかっていけません。
「目指すは竹ノ塚」ということで,クルマがたくさん走る言問通りに入って弥生坂を下ると,途中に「弥生式土器発掘ゆかりの地」の石碑を見つけました。「弥生」という地名は水戸藩の徳川斉昭公の歌碑に由来するそうで,太古の時代の名前のわりにまだその歴史は200年ほどです。また,東大農学部は水戸藩徳川家の屋敷跡,東大本部は加賀藩前田家の屋敷跡とのことです。

# 10-5
言問通りと不忍通りの交差点が営団根津駅。善光寺坂を上ると台東区に入って谷中6丁目。谷中,根津は隣町の千駄木を含めて谷根千(やねせん)と略される情緒のある古い街並み。谷中には特に寺が集中しています。
谷中墓地に入ると,葉の落ちかけたサクラ並木が迎えてくれました。11月の平日の昼下がりにして,かなりの数のお墓参りの方がいます。
クルマは通れない紅葉坂を下るとJR日暮里駅南口。JR線が台東区と荒川区の境界で,雰囲気はがらりと変わり下町になります。ほどなく「斉藤湯」という古い銭湯を発見。あまりに寒いので一服して湯船に入ると,体は冷えきっていました。

# 10-6
「斉藤湯」を出たのは午後3時25分。幸い風はほとんどなく,湯上りも快適です。
明るいうちに荒川を渡ることを目標に北北東へ進むと,ほどなくJR三河島駅に到着。三河島で目立つのはハングル文字の看板。6月には韓国料理屋「京都」でネット仲間とワールドカップを見ながら,「テーハミング!」と声援したものです。
そんな匂いの延長線上の荒川3丁目「仲町通り商店街」には下町らしい活気があって,曇り空を明るく感じさせます。このなじみやすい下町の雰囲気は,明治通りを渡って京成町屋駅に着くまでの間にもずっと流れていました。

# 10-7
町屋は京成線,営団線,都電が交差する意外な交通の要所。尾竹橋通りに長細く続く商店街も賑やかです。町屋から南千住界隈にはウナギ,ドジョウといった川魚料理のお店が多く,8月には「どじょっこ」というお店でオフィスの仲間と暑気払いをしています。
尾竹橋通りの賑わいを避けて脇道に入ると回り道になってしまい,隅田川を渡る尾竹橋に到着した午後4時半頃には辺りはすっかり夕闇に包まれていました。橋を渡ると足立区で,このシリーズも東京23区全区到達達成。そんなことには関係なく急ぎ足で歩くと,荒川を渡る西新井橋まで10分もかかりませんでしたが,空の色はすっかり藍色に変わり,橋を渡り切ったときには完全に夜になっていました。

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# 10-8
西新井橋北詰から200mほど歩くと,関原不動通りというブロック敷きの商店街の入口がありましたが,人気はほとんどなく「ゴンタのせきはら」というノボリが寂しげに垂れています。人気は少ない見知らぬ夜の商店街を歩いていると,なぜか「冥府魔道」という子連れ狼の拝一刀の台詞が頭に浮かびました。「冥府」とは,関原不動・大聖寺を過ぎたあたりにあった「天国食堂」のことかもしれません。
酒屋さん,佃煮屋さん,履き物屋さん,洋品店,キムチ屋さん・・・というお店の並びには,郷愁を感じてしまいます。この不思議な雰囲気の商店街は,途中で関原銀座通りと名前を変えて賑やかになりながらも,東武伊勢崎線西新井駅近くまで続いていました。

# 10-9
広々とした紡績工場跡を左に見ながら西新井駅に到着したのは午後5時25分。駅ビルを通り抜けて小休止して地図を確認すると,保木間には竹ノ塚駅に行かずに東北東に向かったほうが近いことが判明。「あと少し!」と気は楽になったものの,見知らぬ夜の住宅街は迷路のようです。島根,栗原,六月というなじみのない地名にも惑わされて,ここでも相当回り道をしてしまいました。
印象に残ったのは,あちこちにある都営アパートと,特別養護老人ホームと,区立島根あおば保育園の園児の声と明かりの明るさ。「私が通っていた幼稚園の先生も,今頃はおばあちゃんになっているんだろうなぁ・・・」とか思うと,人生の儚なさを感じて少しため息。

# 10-10
何とか日光街道を渡って保木間1丁目に着くと,町工場の前にネコの群れを発見。立ち止まるとお腹を空かしているのか,次々と私の足元に集まって来て,図々しいヤツは足を登ってこようとするほどです。壁には「ネコに餌を与えないでください」の張り紙がありました。
「私はエサは持ってないよー」と声をかけながら写真を撮ると,フィルムが途中で巻かれて,レンズが動かなくなりました。幸いすぐ近くにカメラ屋さんがあったので見てもらうと,「簡単には直らない」との返事。しかたがないのでレンズ付きフィルムを買いました。3年以上使ったコンパクトカメラは,このネコの群れの写真でお別れとなりました。

# 10-11
カメラ屋さんから「竹仙」までは5分足らずで,到着したのは午後6時45分。迎えてくれたのは初顔のおばあちゃん。大将が散髪していたり,お母さんが買い物で留守していたりで少し戸惑いましたが,大将は先日頼んだお店の記事をまとめていてくれました。
大将によると,「竹仙」は昭和57年(1982年)創業,座席は22〜23席。当初は日本料理のお店(割烹)だったそうですが,5年ほど前よりお母さんの田舎の沖縄料理も出すようになったとのこと。
注文は中生と「ゴーヤチャンプル」と「タコライス」。大きなやかんが乗った石油ストーブで暖まっていると,達成感が湧いてきました。

# 10-12
大画面TVのついた店の中にはミジェという黒い子猫が走り回り,友達の家で飲んでいるような気分になります。しばらくすると初めの下見でお会いした前川さん夫妻,お友達の戸田さん夫妻,それに「竹仙」のお母さんと人が増えてきて,三線を片手に過ごすお店の空気はどんどんまったりとしていきました。
「安里屋ユンタ」,「十九の春」,「てぃんさくの花」と,工工四(楽譜)を見ながらの下手な三線も気楽に弾けます。「安里屋ユンタ」はお母さんにも付き合ってもらって,何とか一小節,聴いてもらうことができました。

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# 10-13
三線が大将,私,お母さん,前川さんと回されるように,子猫もあちこちの人のところに回されていきます。三線もネコも「気持ちを和らげる」という意味で似たような存在なのかもしれません。
ずいぶんビールと泡盛を飲みながら4時間半ほど過ごしてのお勘定は3,200円。オリオンの缶ビールと柿の種をお土産にいただきました。
「竹仙」から竹ノ塚駅までのおよそ2kmの道程は,歩き通して27分もかかりましたが,ウイニングランのような心地さを味わうことができました。新越谷から武蔵野線南越谷に乗り換えて,南浦和に到着したのは午前0時半頃でした。

●歩行距離  17.1km
●時 間     5時間58分 (昼食・喫茶休憩を除く)

最高気温 (平年) 最低気温 (平年) 湿度
12.7℃ (15.9℃) 8.7℃ (8.6℃) 56%


時間 距離  ポイント 区名 備考
12:05 0.0  牛込神楽坂駅 新宿区 都営大江戸線・大久保通り
12:06/12:20 0.1  岩戸町「すき家」 新宿区 大久保通り
12:41 0.8  飯田橋五差路 新宿区 JR中央線・営団有楽町線・南北線・都営大江戸線・
外堀通り・目白通り・大久保通り・神田川
12:56 1.9  後楽園駅 文京区 営団丸の内線・南北線
13:07 2.2  春日駅 文京区 都営三田線・大江戸線・白山通り・春日通り
13:50/13:55 3.5  本郷弥生 文京区 本郷通り(R.17)・言問通り
14:10 4.2  根津駅 文京区 不忍通り・言問通り
14:24 4.7  谷中6丁目 台東区 言問通り
14:47 5.6  日暮里駅 荒川区 JR山手線・京浜東北線・常磐線・京成本線・尾久橋通り
14:57/15:25 5.9  東日暮里6丁目「斉藤湯」 荒川区  
15:40 6.8  三河島駅 荒川区 JR常磐線・尾竹橋通り
15:50 7.4  荒川3丁目東 荒川区 明治通り
16:05 8.4  町屋駅 荒川区 京成本線・営団千代田線・都電荒川線・尾竹橋通り
16:33 10.1  尾竹橋南詰 荒川区 尾竹橋通り・隅田川
16:42 10.6  西新井橋南詰 足立区 尾竹橋通り・荒川
17:03 11.9  関原2丁目・大聖寺 足立区  
17:25/17:33 13.3  西新井駅 足立区 東武伊勢崎線・環七通り
17:50 14.5  六月1丁目 足立区  
18:20 16.0  東六月町 足立区 日光街道(R.4)
18:45 17.1  竹ノ塚(保木間)「竹仙」 足立区  
  (19.1)  竹ノ塚駅 足立区 東武伊勢崎線



【Column 10】 家系や横のつながりを大切にする沖縄気質

  • ウチナンチュの横のつながりの強さは,門中(むんちゅう)という父系の血縁集団に代表されます。信仰の対象は祖先で,一族が大挙集うことがあることから沖縄のお墓(門中墓)は大きいらしいです。
  • 祖先を信仰し,家系を大切にするという沖縄気質には,都会のひとり暮らしのヤマトンチュには,何か忘れていたことを思い出させるようななつかしさを感じます。親孝行とか,言葉にすると照れくさいけれど,考えるべきであることには違いありません。

  • 沖縄は長寿の県として有名で,よくヘルシーな沖縄料理,温和な気候がその理由として挙げられます。しかし,「テーゲー」や,家系や横のつながりを大切にする沖縄気質が,それ以上の理由のように思えます。
  • 「竹仙」には大将,お母さんに加えて,おばあちゃん,高校生と中学生の女の子とその友達が出たり入ったりしています。何か友達の家に遊びに行ったような感じです。家族が一緒に過ごせることは「良いものだな・・・」と思えてならないこの頃です。



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