浦和のプロフィール




Urawa Prof # 10 サクラソウ

サクラソウは,埼玉県の県花,浦和市の市花ということで,埼玉県民ならば耳にはするところの名前ですが,
実物は,荒川の秋ヶ瀬橋のたもと(田島ヶ原)の草原に,覗きこんでやっとわかるほどつつましく咲いています。
花の季節は4月上旬から5月上旬です。
ちょうど荒川彩湖公園と秋ヶ瀬公園の真ん中に,さくら草公園という別区画があり,ここに散策コースがあります。
群生地はここだけの国の特別天然記念物(1952年の指定,天然記念物は大正の頃の指定)ということで,昔から手厚く保護されてきているようです。
環境云々の話が盛んな昨今ですが,古くから保護されてきたサクラソウが,ずっと咲きつづけているというのは,よい話ですね。

(C) HEYANEKO 05/05/'99



Urawa Prof # 09 秋ヶ瀬公園(Akigase koen)

荒川の秋ヶ瀬橋と羽根倉橋の間にある巨大河川敷公園で,1975年頃にできたようです。
昨今のアウトドアブームで,休日には車で大挙の家族の来訪があり,園内のあちこちでバーベキューをやっていたりしますが,夜は立入禁止になります。
公園の森は渡り鳥の飛来地としても有名です。
羽根倉橋の北側の荒川の河川敷(堤外)には,サーキット場や自動車練習所,ゴルフ場に混ざって,まとまった田んぼがあり,ここには8戸だけ農家が暮らしています。
何でも,規制で新しい家は建てられないらしくて,年々少なくなってきているようです。
堤外の田んぼは,とても浦和市内とは思えない,タイムスリップしたようなのどかさがあります。

(C) HEYANEKO 05/05/'99



Urawa Prof # 08 荒川彩湖公園(Arakawa-Saiko koen)

浦和あたりの荒川の河川敷というのは,幅が1kmを優に超えるという巨大なものです。
これは見沼たんぼの巨大さとも係わりがあり,ようするに関東平野の川沿いというのは,大雨などのときに水が溢れることがたびたび起こるため,調整池としての巨大な空間が必要となるようです。
ほんの小さな川沿いにも,かなり大きな調整池があったりします。
荒川彩湖公園は,JR武蔵野線または秋ヶ瀬橋の南側にある調整池(彩湖)を利用した大きな公園で,武蔵野線に近い部分が浦和市の領域で,残りは戸田市になります。
たぶん1995年くらいになって名前がついたくらい新しい公園ですが,景色の広がりの大きさは一見の価値があります。
人も秋ヶ瀬公園よりはかなり少ないようです。

(C) HEYANEKO 05/05/'99



Urawa Prof # 07 見沼たんぼ(Minuma tanbo)

最寄の駅はJR東浦和になるのですが,芝川という荒川の支流に沿って,「見沼たんぼ」という川口・浦和・大宮の三市にまたがる巨大な畑地があります。
JR武蔵野線に乗って東浦和と東川口の間を走ると,1km以上も家がまったくない平地が続くので,かなりインパクトがあります。
JRの線は細い(川をまたぐ)ほうの距離で,川沿いの線は7kmはありそうです。
歴史的には,江戸時代初期に芝川をせき止めることで見沼溜池ができ,吉宗の頃,これを埋め立てて新田としたそうで,
ようするにまとまった土地ながら,人家ができるようなところではなかったわけですね。
1975年頃に,土地改良で田んぼは苗木畑などに変わったらしいのですが,だだっぴろい空間に何もないというのは,北海道のような雰囲気さえあります。

(C) HEYANEKO 05/05/'99



Urawa Prof # 06 浦和レッズ

浦和の名前を全国区にした浦和レッズの本拠地は,JR浦和から北東に行った駒場運動公園にあります。
この公園は,昭和42年(1967年)の埼玉国体をきっかけにできたそうですが,国体でもサッカーがメインで使われていたそうで,
浦和とサッカーは,その頃からの縁のようです。
Jリーグは1992年から始まったのかな? 人気のほうが成績より先行している感じが否めないところですが,
たまには優勝争いにも絡んで欲しいところです。

(C) HEYANEKO 05/05/'99



Urawa Prof # 05 浦和競馬場

京浜東北線の東側,JR浦和と南浦和の間あたりにある地方競馬場です。
昭和23年(1948年)から開催しているそうで,大井・川崎・船橋とともに南関4場といわれるそうです。
これだけ住宅地の間にある競馬場というのも珍しいらしく,開催日以外は公園として中に入ることができます。
一周は1.2km。馬の気分になって駆けてみるのも悪くはないかもしれません(^_^;)

(C) HEYANEKO 05/05/'99



Urawa Prof # 04 調神社(Tsukinomiya)

中山道浦和宿の南側,岸町に調神社という鳥居のない古い神社があります。
延喜式の頃(平安時代の初期)からあるということで,歴史は長いのですが,埼玉の神社としての知名度は大宮の氷川神社のほうが かなり上を行くところが浦和らしいところです(^_^;)
「月の宮」の洒落だと思うのですが,狛犬の代わりに狛ウサギが飾られているということで, ウサギ年の初詣は,それほど広くない境内に大挙の人がお参りに訪れ,パニックとなるようですね(^_^;)

(C) HEYANEKO 05/05/'99



Urawa Prof # 03 中山道浦和宿

浦和は歴史的な目で見ると,中山道の宿場町となります。
日本橋から板橋,蕨と来て,3つ目の宿が浦和宿。宿場は浦和駅の西側の旧中山道,高砂・仲町・常盤にあったそうです。
蕨と浦和,浦和と次の大宮宿の距離はともに短く,どんぐりの背比べ的に街が発展したのは江戸時代からのようですね。

(C) HEYANEKO 05/05/'99



Urawa Prof # 02 埼玉県庁

浦和というと,埼玉県の県庁所在地です。
人口で言えば東京・大阪・神奈川に次ぐ埼玉なのですが,この県庁はどうも影が薄くていけません。
浦和は,明治4年(1871年)に埼玉県ができてからずっと県庁所在地なのですが,何でも明治の頃に熊谷に,戦後すぐに大宮に,それぞれ県庁を移転しようという動きがあったらしいです。
浦和の市制は1934年(昭和9年)で,埼玉4番目の市制(川越・熊谷・川口の順)だったというのも影の薄い一因かもしれません。
それまで北足立郡浦和町が県庁所在地だったのですね(^_^;)
2000年に埼玉新都心の町開きがあって,浦和・大宮・与野の三市合併があったとすると,県庁も新都心のほうに移転するのかもしれません。
しかし,三市合併があったとすると,名前は何になるんだろう?

(C) HEYANEKO 05/05/'99



Urawa Prof # 01 浦和の鉄道事情

浦和の鉄道関係の話題で有名なのが,「あーたら浦和」というJRの駅が7つもあるということでして,
「東浦和」,「西浦和」,「南浦和」,「北浦和」,「中浦和」,「武蔵浦和」にただの「浦和」・・・
全国的にもここだけらしくて,個性といえば個性ですね(^_^;)
なお,浦和市内のJRの駅は,京浜東北線の「与野」を入れて8駅あります。
私鉄はまったく走っていないのですが,戦前の短い時期,市内東部の大門に武州鉄道が走っていました。
2001年春に埼玉高速鉄道(営団南北線の延長)がくしくも「浦和美園」(大門のすぐそば)まで延伸するということで,これが市内9つ目の駅になります。

(C) HEYANEKO 08/02/'00



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